第35号 油圧モーション制御がF1レーシングカーの性能を大幅に向上 2014年11月

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この記事のポイント:

  • 2014年F1レギュレーションに基づいた、これまでより低騒音、低回転のエンジンが必要となりました。
  • 既存の油圧技術がF1レーシングカーを設計するうえで新しい重要な役割を果たしています。
  • モータースポーツ向けのモーション制御技術がロボット工学や製造業にも応用範囲を拡大しています。

2014年11月2日、オースティンで開催されたアメリカグランプリに集まったファンは、従来とはまったく異なるF1カーの姿を目の当たりにしました。彼らが最初に感じたことの1つに、今までよりも静かで低回転のエンジン音があります。根っからのF1ファンの間では、この変化に対する大きな論争が起きています。

今年のF1カーは、先端部の不格好な衝撃吸収構造を除けば、外観上は従来とあまり変わっていません。しかし、内部はこれまでと大きく異なっています。その背景には、技術レギュレーションの改訂によって、F1カーの設計方針が一般の車にも適した新技術を重視する方向に向けられるようになったことがあります。その中には、燃費の向上も含まれています。

F1レースが環境保全技術のアピールの場となることは、矛盾しているように思えるかもしれません。しかし、同じ量の燃料から有用なエネルギーを最大限に取り出して活用する、という設計者にとってのゴールは、一般の車でも、レースカーの場合でも同じです。新しいレギュレーションで極めて重要な点は、F1カーがレースを完走するのに使用できる燃料が100kgまでと制限されたことです。これにより、設計者は、スピードと走行距離との間でどう折り合いを付けるかという困難な課題に直面することになりました。

2014年のレギュレーション改訂

F1カーには、数年前からハイブリッド技術が導入されていますが、2014年のレギュレーションでは、エネルギーの回生・貯蔵技術の重要度が大幅に増しています。具体的には、駆動装置内部の電気システムによる出力レベルが120kW(160hp)に引き上げられ、これまでよりも長い時間、そのレベルを保つことも認められました。また、ガソリンエンジンの形式は全く新しいものとなり、排気量がわずか1.6Lのターボチャージャー付きV6エンジンへと小型化されました。

これは、米国の標準からみれば小さいエンジンかもしれませんが、最新の「ハイブリッドターボ」の導入により、その出力は飛躍的に大きくなりました。今回、レース中のエンジン音が静かになった主な要因は、この装置にあります。ハイブリッドターボのタービン部分は、何もしなければ排気から熱や音として逃げてしまうエネルギーを回収し、電気エネルギーとして貯蔵します。そして、追加の出力が必要になったときに、モータージェネレータの駆動力でコンプレッサの出力を上げ、燃料と空気の混合気をより多くエンジンに供給します。この方式では、コンプレッサがエンジンから独立して駆動されるため、ターボラグ(ターボの反応の遅れ)が大幅に解消されます。

F1で応用される最新の油圧工学

油圧など、液体の圧力を応用した技術は数千年前から利用されていますが、それが最新のレーシングカーで重要な役割を担っていることは、驚くべきことかもしれません。しかしレーシングカーでは、ドライバーを支援するさまざまな自動アクチュエーションシステムを搭載するために、油圧システムが必要とされます。典型的な最新型のF1カーには、さまざまな自動システムを制御するために、油圧アクチュエータが約10か所に搭載されています(図1)。

2014年シーズンの典型的なF1レーシングカー

図1: F1カーに搭載される9種類のムーグ製油圧システム

モータースポーツにおける油圧技術の最大の利点は、「出力密度」の高さ、すなわち、軽量かつ小型のアクチュエーションデバイスから非常に大きな出力を得られる性能にあります。

ムーグのE024シリーズ超小型サーボ弁は、この出力密度の技術を活用した例の1つです。これは、車からエレクトロニックコントロールユニット(ECU)の信号を油圧作動油の流れに変換して、アクチュエータに駆動力を与える重要な役割を担っています。このデバイスは小さく、重さは92グラムしかありませんが、10mAの信号を受けて、最大で2.8kWもの油圧パワーを制御することができます。

F1カーの部品小型化の要求に応えたムーグの24シリーズサーボ弁

図2: F1カーの部品小型化の要求に応えたムーグの24シリーズサーボ弁

10年ほど前に、ムーグの技術陣はモータースポーツに特化した超小型油圧機器を開発することを決定しました。これは航空機のフライト制御システムで実証済みの技術をベースとして、さらに小型化と軽量化を進めたものです。現在のF1カーに使われている2つの機器の例は以下をご覧ください。

図3:(左) スロットルとターボチャージャーに使われるムーグのE085アクチュエータ
(右) ムーグの付属製品2点:油圧シリンダ(65g)とパワーステアリングバルブ(35g)

モータースポーツ用油圧機器の他産業への応用

一般的に、モータースポーツ用に開発された超小型の油圧機器は、例えば戦闘機の制御などの特殊な航空関連用途においても、必要以上に小型かつ軽量の仕様となっています。一方、F1カーと同様の仕様が要求されるエンジニアリング分野も、いくつか存在します。自律型ロボットと石油・ガス掘削装置は、そうした分野に該当します。

意外なことに、石油・ガス掘削用の機器の動作環境は、モータースポーツとよく似ています。具体的には、高温、高振動、スペースの制約、非常に高い信頼性が要求されることなどが、両者に共通しています。モータースポーツ用のサーボ弁が石油やガスの分野に利用されている例の1つに、地下調査に使われる自走式の掘削探査装置、バジャー・エクスプローラ(Badger Explorer)があります。

自律型ロボットは、自ら動き、移動するための原動力を搭載する必要があるため、構成部品の大きさと重量、そして効率が最も重要な要素になります。特に人間型ロボットや四足ロボットでは、その重要性が高くなります。そのため、例えばイタリア技術研究所のロボットには、脚を作動させるためにモータースポーツ用の制御弁が使用されています。

F1と同様の設計要件に基づいた油圧式自律ロボット

図4:F1と同様の設計要件に基づいた油圧式自律ロボット
資料提供:イタリア技術研究所(www.iit.it

将来のモータースポーツ用油圧機器

今年のF1カーに搭載されたまったく新しいシステムの例を以下に挙げました。これらから、モータースポーツ用油圧機器の将来像を垣間見ることが出来ます。

  • ブレーキ圧力制限: 運動エネルギー回生システムは、リアホイールに非常に大きなブレーキトルクを加える可能性があります。そこで、ロックアップを回避するために、通常のブレーキの力を弱める必要があります。一般的に、この機能には、ムーグのサーボ弁を使ったシステムが利用されています。このシステムには、航空機で問題が発生した際に、ブレーキを完全な機械制御に切り替える非常用のシステムと同様の手法が採用されています。
  • ターボチャージャーのウェイストゲート制御: ウェイストゲートの開放動作を高速化するため、従来の空気圧システムに代えて、かつてラリーカーで使われていたものと同様の油圧アクチュエーションシステムが採用されています。
  • 油圧作動油は、圧縮空気よりも「硬い」性質があり、圧縮されにくいことから、位置制御用の高速のステップコマンドに機敏に反応して、精度と再現性の高い動作を実現できます。

将来を見据え、モータースポーツの分野では、レギュレーションの改訂を通してエネルギー効率をさらに向上させながら、これまで以上にクリエイティブなコンセプトや、既存の枠にとらわれない技術の導入が進められていくと考えられます。必然的に、車体に搭載される自動制御システムの数は増え、設計技術者は新たな課題に直面することとなります。

オースティンのサーキットでは、静かになったF1カーを初めて見て、不満を感じたファンもいるかもしれません。しかし、レースも、技術の進歩についても、これまでのようにスピードが速く、いつ何が起きるか分からないということについては、彼らも異論はないでしょう。

筆者について

Martin S. Jonesは、世界のモータースポーツ関連ビジネスを担当しています。ムーグでは、セールス担当およびアプリケーションエンジニアとしてこれまで30年以上勤務し、可搬装置、海洋およびオフショア機器、ブロー成型、圧延工場を含む幅広い業界向けの業務に関わってきました。Jonesは、イースト・アングリア大学で物理学と経済学を専攻しました。

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