ニュースレター

ムーグのアクチュエータがウィンブルドン・センターコートの屋根を動かす

文書:Ian Bartlett (エンジニアリングソリューションマネージャー)、Simon Furnell(シニアアプリケーションエンジニア)

全世界で約7億5,000万世帯がテレビで観戦するウィンブルドンテニス大会。今年、同開催地であるウィンブルドン・センターコートに開閉式の屋根が設置されました。ムーグはこのプロジェクトにおいて、モーション制御システム(148の制御軸と、屋根の動きの閉ループ制御に必要な各種の製品およびソフトウェア)を提供しました。

ウィンブルドン・センターコートの屋根からの眺め

プロジェクトの定義

長い歴史と伝統を受け継ぎ、年に1度、世界の7億5,000万世帯が注目する場所。そして、1,000万人以上のインターネットユーザーが4,600万回もウェブサイトを訪れ、平均70分間にわたって神聖な芝生に熱い視線を注ぐ世界的なスポーツ施設。ウィンブルドンとは、そのような場所です。

テニスファンでなくとも、ウィンブルドン選手権の試合が、イギリス特有の天候によってたびたび中断することはよく知られています。観客数が増え、世界中のメディアの関心が高まるなど大会の知名度が増す中、試合を中断させないことが重要な課題となっていました。そこで対策を講じることとなり、ウィンブルドン・センターコートに屋根を取り付ける案が浮上しました。プロジェクトは困難が予想されたため、モーション制御技術で世界をリードするムーグに、計画実現の担い手として白羽の矢が立ちました。

最初の打ち合わせは2004年に行われました。会合には、開閉式屋根の制御に関する難題を解決すべく、ムーグをはじめ各分野の専門家が集められました。初めは油圧アクチュエータの採用が検討されましたが、設計チームと共同で検討を進めたムーグのエンジニアは、油圧アクチュエータは最適な選択肢ではないという結論に至りました。多数の油圧パワーユニットから発生する騒音と振動が懸念されたほか、たとえわずかでも、芝生に油が漏れるリスクがあるのは望ましくないと判断したためです。更に、建築設計の担当者は、芝生に可能な限り太陽光を届けると共に内部の通気を確保するため、開放時の屋根の面積をできるだけ小さくするよう求めました。

電動アクチュエーションが最適な選択でした。電動アクチュエーションシステムは低音性に優れ、油漏れの可能性もないため、システムの機能面で妥協することなくお客さまの要求を満たすことができました。ムーグは油圧・電気両方の専門技術を有しているため、今回のように、中立な立場で様々な技術的な相談に乗ることができます。

プロジェクトの実施

お客さまと密に連携しながら、ムーグの技術ノウハウや世界トップクラスの製品を駆使することで、開閉式屋根をスケジュール通り完成させることができ、大きな評価を得るに至りました。展開時のスピードや精度といった分かりやすい性能面での課題だけでなく、今年の大会に間に合うように屋根を完成させ、試験も終えなければならないというプレッシャーもありました。

ムーグは、電動アクチュエータ、サーボモータ、サーボドライブ、閉ループコントローラから成る高性能の電気制御システムを提供しました。さらに、パートナー企業と協力し、監視およびデータ取得のためのシステムも提供しました。ムーグは、合計148の制御軸を提供し、屋根のトラス部材上に40台の制御キャビネットを取り付けると共に、センターコートの制御室内にメイン制御デスクを設置しました。これらの製品とソフトウェアが一体的に機能することで、1万5千人に上る観客の頭上で1,000トンを超える鋼材構造を安全に動かすことが可能になっています。

屋根の動作原理

新しい屋根は、アコーディオンの蛇腹に似た原理で動作し、半透明の産業用生地をトラス(金属製の骨組み)で支持した構造となっています。トラスは基本的に終端アームで支持された逆三角形の集合体で、電動アクチュエータによって高精度駆動されます。構造強度と可動性を両立した、屋根の主要構造部材です。動作の精度は、トラスの両端がほぼピンポイントで制御できるレベルが要求されます。この設計であれば、屋根を建物の両端に折り畳んで収納できるたけでなく、半透明の生地のため、屋根を閉じたときでもコートの開放感を保つことができます。

メイン制御パネル

この収納式の屋根は合計9区画の生地で構成され、生地は北側と南側の2セクションに分割されています(北セクション5区画、南セクション4区画)。各区画の両側は、コートの幅方向に77mの長さを持つトラスによって支持されます。鋼材によって組まれたトラスは全部で10本あり、約5,200平方メートルの生地を支えます。生地は雨を防ぐと共に、コートに光を取り入れます。トラスの両端はトロッコのような台車によって支えられ、台車は開閉式屋根の外側に新たに設けられた固定屋根の中の軌道上を移動します。屋根が閉じるまでに8分かかりますが、その間は従来通りコートにカバーをかけることで雨を防ぎます。

軌道上の台車の駆動モータ

5つの動作モード:それぞれボタン一押しで起動

1. 休止位置への移動

屋根は北側と南側の2つのセクションで構成。1年の大半は、両セクションはセンターコートの北側にまとめて保管

大会期間中以外は、南セクションがコート北側まで移動し、「休止位置」で保管されます。休止位置は、コート内に日光が最大限に差し込むよう設計されており、特に冬季の日光確保に役立ちます。南側の屋根は固定屋根とのロックを解除され、北に向けて移動します。

PLCが目標位置のデータをムーグサーボコントローラ(MSC)に送信し、MSCが先頭のトラスの動きを制御します。制御用MSCは各トラスの両端に1台ずつあります。マスターMSCが位置コマンド曲線を生成し、これを両側の台車の閉ループ型位置制御に使用します。すべてのトラスの位置は、屋根の長さ全体にわたって0.1mm単位で測定され、フィードバックされます。

マスターMSCは追従誤差とひずみ誤差を継続的に監視し、調節コマンドを送信して屋根全体の位置精度を保ちます。先頭のトラスが後続のトラスの台車に補助トルクを供給することにより、すべてのトラスが一体となって100mm/sの速度で北セクションに移動します。南側の屋根は、北側の屋根に近づくと移動速度を落とし、最終位置に到達するまで徐行します。最終位置に到達すると南北の屋根が相互にロックされ、次に使われるまでそのまま保管されます。

2. 大会モードへの移動

大会モードでは、休止モードのときと逆方向の動きで南側セクションが動き、最終的に南端の固定屋根の位置まで移動します。最終位置に到達すると南側セクションがロックされ、各トラスが0.5mm以内の精度で目標位置に停止します。

3. 屋根の開閉

個々のトラスの右半分と左半分は、それぞれ専用の制御パネルで制御される。各MSCは、4つの終端アーム、2つの抵抗アーム、2つの台車モータを同期制御。終端アームと抵抗アームは位置制御によって、台車モータはトルクモードによって制御。各トラスの半分ずつを制御する各MSCは、互いに通信することによってトラス全体を同期

屋根を閉じるプロセスは、北側と南側の両セクションで、それぞれトラスを1本ずつ展開することから始まります。トラスは、台車と終端アームアセンブリの動作によって展開されます。終端アームアセンブリはヒンジのような形で、幅の狭い折り畳まれたV字形から、幅の広い浅いV字形へと開きます。展開動作が始まると、V字の角のポイントが上昇して両端が外側に開き、トラスの上端を押して、隣のトラスから離していきます。この動作は、両サイドに取り付けられた4つの終端アームアクチュエータによって制御されます。個々のアクチュエータは、押出し時と引き込み時のいずれも、ロッドの先端に35トンの力を発生させることができます。アクチュエータは、機械工率の高い方法で終端アームアセンブリに接続されています。

すべての終端アームアクチュエータの動作位置は、内蔵のアブソリュートエンコーダによって閉ループ制御されます。8個のアクチュエータはすべて、MSCコントローラによって同期制御されます。終端アームアセンブリが展開するにつれて機械工率とてこ比が変化しますが、MSCは、最新のアクチュエータ角度位置を換算表に基づいてトラスの位置に換算し、この変化を補います。この位置確認機能には重要な意味があります。というのも、MSCは終端アームアクチュエータ同士を同期させるだけでなく、台車をトラス頂上部の真下に位置させることによって、トラスを垂直に保つ必要があるためです。屋根の各セクションの中央部には4つの抵抗アームアセンブリがあり、それぞれにアクチュエータが付いています。これらは、トラスの形状を長さ全体にわたって維持し、両セクションが完全に展開したときに、南北の先端のトラス同士がぴったりと平行に閉じるようにします。アクチュエータは非線形リンクを介して作動し、終端アームおよび台車と同期する必要もあります。

終端アームアクチュエータ(左)と完全展開時の抵抗アームアクチュエータ(右)

トラスの展開が終わると、抵抗アームと終端アームがロックされ、次のトラスの展開動作が始まります。次のトラスが展開される間、すでに展開を終えたトラスの台車にはトルクが送られ、展開中のトラスと同じ速度で移動します。これにより、最後のトラスの展開時にアクチュエータとモータに要求される力は、最初に展開するトラスの場合とほぼ同じになります。

4. 屋根の完全展開

屋根の収納は、展開時とほぼ逆の手順で行われます。

下から見たところ(生地なしの状態)

5. 日除けモード

南側屋根の先端トラスは、展開して貴賓席の日除けにすることができます。この位置から、天候に応じて屋根を展開または収納することができます。

ムーグソリューションのメリット

開閉式屋根の設計は、信頼性、低音性、速度、安全性、精度のすべての要件を満たしています。ある意味、存在が気付かれにくいほど技術的には成功していると言えます。屋根は完全に閉じていても、半透明のためその存在をつい忘れてしまうほどです。

この世界が注目するプロジェクトに際しムーグは、英国、ドイツ、イタリア、アイルランド、米国の各拠点からエンジニアを集めて共同作業チームを編成し、非常に厳しい要件を満たすモーション制御ソリューションを設計・構築することに成功しました。プロジェクトは多くの業者が関与する複雑な案件でしたが、その中で、ムーグのパートナーシップ型アプローチは大きな強みを発揮しました。今回のプロジェクトにおける重要課題の1つは、最高の技術を活用しながらも、コートの歴史と伝統を損なわないようにすることでしたが、ただ1つ、「雨天による試合中断」という長年の伝統だけは、誰からも惜しまれることなく幕を閉じることとなりました。

著者について

Ian Bartlettは、英・ムーグのエンジニアリングソリューションマネージャーを兼務しています。電気工学の学位を取得しており、電気および機械/油圧システムの両方に精通しています。

Simon Furnellは英・ムーグのシニアアプリケーションエンジニアで、今回のプロジェクトにおいては、最初の電話問い合わせから最終納品まで全面的に関与し、早期の設計段階、ソフトウェア開発、屋根の試験などで重要な役割を果たしました。バース大学で機械工学の学士号および流体動力システムの修士号を取得しています。